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ピアレビュー:子どもの人権広場

彩戸えりか

2024.12.20

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はじめに

従来、芸術や文化に関わる団体の活動は数値として評価し提示することが難しく、対外的な理解や評価につながりにくい側面があった。そこで、2022年から渡邉太先生(鳥取短期大学)、竹内潔先生(鳥取藝住実行委員会委員長・鳥取大学)、水田美世さん(鳥取藝住実行委員会 事務局長)を中心に、評価シートの作成に力を入れ、これらの課題の解決に向けて動き出した。

作成した評価シートに基づくインタビューを鳥取県内の芸術・文化団体に実施し、適宜現地調査を加えることでピアレビューの制作に取り組むことになった。ピアレビュー作成によって期待される効果は次の2点である。

  1. 団体側は、評価シートやインタビューへの回答によって、これまでの活動を振り返り、成果や自分たちの持つ価値を洗い出すきっかけになる。またレビュアーの視点で書かれたレポートから、新たな気づきを得る可能性がある。
  2. 団体の活動をピアレビューにまとめることで、行政、地域の人たちに活動の成果が伝わりやすくなる。

本稿は、「子どもの人権広場」についてのピアレビューである。「子どもの人権広場」世話人の水田美世さんに「評価シート」に回答してもらい、回答内容に基づいて2回に分けてインタビューを行った。1度目のインタビューでは、「評価シート」の項目に従ってお話を伺い、2度目のインタビューでは、筆者が興味を惹かれた部分を更に深くお聞きした。また、筆者が2023年に「子どもの人権広場」の拠点である「ちいさいおうち」を会場とした活動※1に参加した際の経験を元に、レビューを構成している。

第1章 「子どもの人権広場」とは

「子どもの人権広場」は、米子市にある任意団体であり、「皆生の居場所 ちいさいおうち」という活動拠点を持つ。子どもの権利条約を普及させ、子どもの人権を保証することを基本理念とする。設立は1996年2月。世話人と会員で組織し、柱となる5つの活動を行っている。

  1. 会員の問題意識や悩みの交流
  2. 子どもの権利に関する学習
  3. 子どもの権利の保障と救済
  4. 国連「子どもの権利条約」の普及
  5. 子どもの居場所の設置

会員は人権への関心が高く、世話人にはそれぞれの分野で人権についての専門知識を有する医師、教師、保育士、臨床心理士、弁護士も含まれる。そのため、月に一度の世話人の会で、必要に応じて世話人や会員が講師となり子どもの権利についての勉強会を開催する、行政の担当者を招き保育の民営化について学ぶなどの機会を設けている。

また年に一回開かれる総会では、講演会やシンポジュームを企画することで人権についてより多くの人にアピールし、普及活動に努めている。

今回のピアレビューでは、5つ目の柱である「子どもの居場所の設置」についてを主に取り上げる。子どもの人権広場は、居場所づくりのため「皆生の居場所 ちいさいおうち」 と名付けた建物を開放し、そこに集まった子どもがやりたいことに取り組む「子どもの広場」を月に一度開催している。

過去に行った活動は、芋掘り・芋の苗植え・魚釣り・進学進級のお祝い・ハロウィン・お化け屋敷づくり・大山での紅葉狩り・カヌー・キャンドルづくり、リラックスしておしゃべりをする時間を設けるなど。子どもたちが自発的に考案した活動を、世話人のサポートを通して実現する。

2016年に世話人代表の水田美世さんが、子どもの広場とちいさいおうちの運営を引き継いだ。水田さんは学芸員※2としての経験を活かし、アートに関わる取り組みを積極的に取り入れている。子どもの権利条約を念頭に、子どもたちの「自分のことは自分で決められる。自分でやりたいことをやる」という意見表明権=参加の権利を大切に活動を継続している。

※2/2008-2016 川口市立アートギャラリー・アトリア

第2章 評価シートA アーティストやモノづくり、まちづくりに関わる人に与えた影響

評価シートAでは、子どもの人権広場の活動を通して、アーティストとの交流やモノづくり・まちづくり・ソーシャルデザインなどに関わる人を増やし、新しい価値観をもって生きる若者に資することができたかについて検証していく。

子どもの人権広場では、県内4名、県外10名、海外1名※3を有償で招聘し、クリエイティブな活動の場を提供した。彼ら彼女らは、アートを生業とするアーティストのほか、地域や日常生活においてさまざまなクリエイティブな活動を行っている。

1. 子どもの人権広場にアートを取り入れる理由

子どもの権利条約 第31条には、子どもが遊びやレクリエーションの活動を行い、文化的な生活や芸術に自由に参加する権利を認めること、その権利を尊重し平等な機会の提供を奨励することが明記されている。

「文化的なものを享受するのも子どもにとって大事な権利です。第二次世界大戦以前、芸術は政治利用され続けてきました。しかし戦後になって、人は意見表明権を有し、一人一人の考えや表現を表明することが許されていると次第に認識されるようになってきています。

誰かに言われたからやるのではなく、自分が素敵だと思った音楽や絵画、文学などの芸術が個人の権利として認められ受け入れられるのが今の社会。この権利を体現する一つが、子どもの人権広場の実践です」と、水田さんは語る。

子どもの広場では、決められた遊びのルールにとらわれず、自分たちでやり方を考え遊びを作り出す。子どもたちは「自分はこれがやりたい」と言葉で表現して場を形成している。

自分の思いを表明しアートやクリエイティブな活動を実践する経験を通して、自らの意見表明権を認められることを実感しながら成長する。その子ども像が、ちいさいおうちで触れ合った子どもの姿と重なった。そうして育った子どもたちは、他者の人権を尊重することのできる存在に変容するだろうと感じた。

2. アーティストの招聘とその影響

水田さんは「この人を応援したい、やっていることを他の人と共有したいと思うアーティストをお呼びしています。アーティストは自分の表現を深く考えジャンルの先端を走っている。そういう人たちの考え方、何をやっているのかに子どもたちが出会うのは大事だと思います」と話す。

ちいさいおうちには、キッチン・ダイニング・畳スペース・トイレ・布団・庭などがあり、生活するための機能を備えている。お風呂はないが、温泉地のため近くの温泉施設を利用できる。実際に、県外アーティストがちいさいおうちに滞在し制作を行い、地域に暮らす人との交流を持つなどの事業を行ってきた。繰り返し鳥取に足を運ぶアーティストもおり、良好な関係を築きながら長期にわたる影響を地域の人にもたらしている。

「たとえば現代美術をみんなが大好きというような考え方にならないのはあたり前なんです。一人一人が違う個性を持つように、突き詰めていくジャンルは人によって違いがあります。一辺倒な考えにまとまるわけがないし、まとまってはいけないものです」と水田さんは言う。

子どもの権利条約では、子どもの意見が尊重されること、自由に発言できるようにすることを原則にしている。アーティストやクリエイティブな活動を行う人の姿勢や多様な考え方に触れることで、子どもたちは自分の個性を見つめ、自分らしい考えを深める。それによって、意見を表明する自信を得ることができるのではないだろうか。

招聘したアーティストの中の2名は、その後鳥取へ移住した。現在もクリエイティブな活動を継続し、アーティストの家族1名もアートに関連した仕事を展開している。活動に参加したスタッフは県内の10~20名、そのうち有償スタッフは10名である。これらの中には、イラストレーター、ライターなど新たな仕事への一歩を踏み出した人もいる。

子どもの人権広場は、子どもの人権を尊重することを通して、参加する大人をも勇気づけ、その考え方にも影響を与えているよう。県内への移住や新たな仕事へと踏み出す人を後押しする場として機能していることがうかがえる。

3. 広報活動から見た交流人口の広がり

SNSを通じて行っており、2024年5月現在Facebook546名、instagram204名のフォロワーがいる。特に2022年10月に実施したハロウィンイベントの投稿への反響が高かった。

ハロウィンは、回を重ねるごとに大掛かりなイベントになっており、地域の子どもたちも多数参加する。以前は、会員の家族やその友だちなど、つながりのある子どもたちが集っていたが、現在では会員以外にも広く間口を開き、多くの子どもたちが参加するようになった。皆生の暮らしに密着し、子どもたちにとって魅力的な、豊かさを提供する活動になっていることがわかる。

また、2016年に拠点となる建物をちいさいおうちとして改装した後の数年間はテレビ、新聞等のメディアからの取材も多く、現在でも毎年2〜3件の取材を受けている。2023年から2024年にかけては、鳥取県内の文化振興に貢献した団体として日本海新聞ふるさと大賞を受賞したことと、子どもの広場においてオンラインでネパールの小学校と交流したことが新日本海新聞に掲載された。

活動が県内の人々に広く浸透してきており、将来は子どもたちとネパールを訪問するなど活動の海外展開も念頭に置いている。


※3/入江達也(鳥取)、やぶくみこ(京都)、エンリコ・ベルテッリ(イギリス)、山本信(埼玉)、岩谷美苗(東京)、尹雄大(京都)、羽山まり子(東京)、きのさいこ(鳥取)、伊沢加恵(鳥取)、伊藤朝日太郎(東京)、孫大輔(東京)、白井明大(沖縄)、岩淵拓郎(兵庫)、サトウアヤコ(長野)、安藤青磁(鳥取)

第3章 評価シートB 地域やそこに暮らす人たちへのアプローチ

ここでは、地域の自治体や教育機関などのコミュニティーとの関係性や、協働してアートプロジェクトを実施できているか、住民のアートリテラシー(芸術文化への関心)を高めることができているかについて明らかにする。

1. コミュニティーとの関係性

前述したように、子どもの人権広場の世話人には、地域で子どもに関わる専門家として活動している人も多く、コミュニティーとの関係性が強い。

行政との連携も常に図っており、平成30年から鳥取県の「アートによる地域活性化促進事業補助金」、令和5年度米子市「まちづくり活動支援交付金」を受け、令和3年度からは米子市「アウトリーチ等を通じた継続的支援事業」の委託を受けている。

加えて、児童養護施設、児童相談所、とっとり子どもの居場所ネットワーク“えんたく”などとの情報交換や事業の協働も行い、児童虐待防止オレンジリボンキャンペーンや、運動会など外部の施設・団体の行事に子どもの人権広場として参加することもある。

2. 地域住民の芸術文化への関心、アートリテラシー

地域住民の芸術文化への関心、アートリテラシーを高めたと考えられるものに、プロジェクト「日常記憶地図 皆生 1940s-2022:皆生に暮らす人々の記憶を辿る旅」※4を上げることができる。10代〜80代までの皆生にゆかりの人々がワークショップで交流し、記憶にそって地図を作成、冊子を刊行した。

皆生は温泉地として観光振興に力を入れているが、観光振興に携わる人と地域住民の意識との間には溝があった。ワークショップの場で思い出を語り、記憶の中の皆生の地図を共に作ることで、観光業者と地域住民という社会的な役割から解き放たれ、確かな交流の場を生むことができた。

文化的活動によって地域の課題に一石を投じ、地域住民にアートリテラシーを喚起したと考えられる。

3. 子どもの人権広場の価値観とアートリテラシー

水田さんは「子どもの人権広場は、人権について学ぼう、社会を変えていこう、行政に働きかけようという思いを持った人たちの集まりです」と話し、「子どもの人権広場としての価値観から良いと思うものを継続して発信し、場を作ることがアートリテラシーにつながると実感している」と評価シートに記述している。

アートによって自己の思いを自由に表現することは、自己表明権という子どもの人権広場が大切にしている価値観と合致している。ぶれない価値観を貫くことが、アートリテラシーにつながっていくのだろう。確固とした活動理念を根底に持っていることへの自信と信頼を感じた。

第4章 評価シートC アーティストを迎え、地域の人とつなぐ

評価シートCでは、アーティストを積極的に地域に迎える組織体制や、アーティストやアートがもたらす効果や変化を受け入れるコミュニティを醸成できているかについて活動を振り返った。

1. アーティストを地域に迎える組織体制

第2章で述べたように、子どもの人権広場は、ちいさいおうちを制作の場としてアーティストに提供している。

地域に溶け込み、そこに暮らす人との交流を楽しめるアーティストを招聘するようにしており、滞在期間中はちいさいおうちの管理人である水田さんがアーティストの困りごとに対応し、相談しやすい体制づくりも行う。今後は、柔軟に対応できるスタッフが増えると良いと考えている。

2. アートを受け入れるコミュニティづくり

2023年度は、合計963名が子どもの人権広場の活動に参加した。内訳は、未就学児56名、小学生377名、中学生53名、高校生10名、大学生3名、一般464名。これに総会や例会の人数を加えると1000名ほどが関わり、2022年度の828名に比べ増加傾向が続いている。

また、会員向けに200部と、ちいさいおうちの情報希望者に60部ほど、お便りを毎月発行し活動内容を共有している。

地域の人に開かれた活動としては、「子どもの広場」「なんだこれ?!サークル」「陶芸サークル」を定期的に開催。常勤職員はおらず世話人が非常勤で関わっている。補助金などがあるときはアルバイトを雇用し運営する場合もある。それぞれの活動に関わるスタッフは次の通り。

  • 子どもの広場(開催 1回/月)
    子ども時代から参加している世話人10名〜15名
    ちいさいおうち管理人1名(水田美世)
  • なんだこれ?!サークル(開催 1回/月)
    思わず、なんだこれ?!と言ってしまいそうなことを考え、カタチにする
    ぶちょー・岩淵
    マネージャー・水田
    パイセン・青江
    パイセン・マサキの合計4名
  • 陶芸サークル、卓球サークル(不定期開催)
    顧問・安藤青磁、部長・小学6年生、部員8名(子どもと大人)の合計10名

強制されて無理にやらされるといった活動ではないので、それぞれの参加者がプロジェクトを楽しみ、責任を持って取り組んでいる。

アーティストやクリエイティブな活動をする大人と子どもが、自らのやりたいことを追求する中で、コミュニティーのアートリテラシーが高まり、だれもが自分の思いを形にしやすい場が生成されているのではないだろうか。アーティストを含めクリエイティブな活動を受け入れる土壌が豊かになることで、子どもたちはさらに意見を表明しやすくなるといった、好循環が生まれているように感じた。

おわりに

水田さんは「子どもは周りの影響をすごく受けます。大人は、子どもだったときに受けた権利侵害をきちんと認識しないと、同じことを子どもにしてしまうかもしれません。自分の経験を思い出し、どのような権利が尊重されるべきだったのかを検証する必要があると考えています」と話す。

この認識を元に居場所活動が実践されているからこそ、しっかりと守られ尊重された環境の中で子どもたちは自己の気持ちを自由に表現し、可能性を開いていくことができるのだろう。

アートリテラシー(芸術・文化への興味関心)について問う項目に、「子どもの人権広場のビジョンを大切に活動することがアートリテラシーにつながる」という回答がある。そして、「学校生活や社会生活になじまなくても悲壮感なく生きていくすべを身に着けていくようだ」と記述が続いていたことが強く印象に残った。

悲壮感とは、家に居場所がない、ネグレクトを受けている、親に大事にされなかった、いじめを受けて学校にいけないなどの理由によって生じ、なかなか表には現れにくいもの。子どもの人権広場では、それらの悩みの相談を受け解決に向けての活動を行っている。

世話人や会員の中にも、かつて子どもだったころ、大切にされるべき権利が守られないという悲壮感を抱いたことがある人が多くいるという。しかし、「人は完璧でなくても、ウィークポイントがあってもいい。私は完璧じゃないけど何か問題がある?堂々としていたらいいよね。弱いところも、隠す必要なし。子どもの人権広場をそういう場所にしておけたらいいかな」と水田さんは語ってくれた。