ピアレビュー:AIR475
齋藤(米井)啓
2024.12.11

はじめに
このレビューは、鳥取藝住実行委員会が取り組む評価制度づくりの一環で、実行委員会に参加する団体のピア・レビュー(同業者・同僚同士の事業評価)として行うものだ。
筆者は、鳥取県内で芸術活動に関わるという意味で、評価対象団体の「ピア」である。2006年に鳥の劇場立ち上げに参加するために鳥取県に移り住み、鳥の劇場のスタッフとして約10年間仕事をした。その後も、鳥取県外での仕事も含め、演劇をはじめとする舞台芸術に関わり、現在は生活拠点である智頭町での演劇活動に取り組んでいる。
鳥の劇場に在籍していた期間に「暮らしとアートとコノサキ計画」が始まり、鳥の劇場に事務局が置かれたこともあって、その事業立ち上げから「鳥取藝住祭」に至るまでを間近で見てきた。今回レビューの依頼を受けた時に、担当するならば「暮らしとアートとコノサキ計画」から参加し、その後も活動を続けている団体を対象にしたいと思った。「暮らしとアートとコノサキ計画」が実施されている時から、なぜアーティスト・イン・レジデンスという方法を取るのかという疑問があり、また「藝住祭」以降も各団体が継続的に活動を行っていることについて、詳しく知りたいと考えたからだ。
AIR475は、「暮らしとアートとコノサキ計画」2年目の2013年から参加し、その後も一貫してアーティスト・イン・レジデンスに取り組んでいる。その10年を超える歩みを知ることの中から、筆者自身が抱いてきた疑問についても考えてみたいと思った。
冒頭に書いた通り、このレビューは事業評価の制度づくりに資することを目的としている。評価を行う以上、客観性、そして異なる事業の比較が可能な共通の指標が求められる。そのため、各団体のレビューを行うにあたって、鳥取藝住実行委員会では共通の評価シート(別添)を作成し、このレビューもそれに基づいて実施している。
ただ、留意しなければならないのは、その客観性と共通の指標は限定されたものであるということだ。そもそも、作品を創ることや鑑賞することが関わる以上、たとえ作品そのものの評価を含まなかったとしても、誰かの主観を省くことはできない。また、評価の対象となる事業がいずれも類似したものであれば共通の指標は成立するだろうが、「暮らしとアートとコノサキ計画」と「鳥取藝住祭」に参加してきた団体は実に多種多様である。唯一の共通点は、「アート」と「地域」に接点を見出しているということだ。逆に言えば、それが鳥取県における芸術活動のユニークさ、豊かさでもあり、各団体の独自性に着目することで、より本質的な評価に近づくとも考えられる。
評価シートおよび調査方法について
鳥取藝住実行委員会が作成した評価シートは、鳥取藝住に関わる事業の「使命」を「鳥取=『藝住』-『藝住』という『藝術とともに住まうこと』をそれぞれに体現し、日常を拓き豊かな暮らしを模索し続ける地域にしていく」と定義した上で、「A」、「B」、「C」の3つのカテゴリーを設け、それぞれに「戦略目標(インパクト)7~10年」、「到達目標(アウトカム)短期:1~3年、長期:4~6年」、「評価指標」を設定している。
「A」は主にクリエイティブな人材に着眼し、対象事業が交流人口を含めどのようにそういった人の流れを創出しているかを測ろうとしている。このカテゴリーの評価指標は、基本的にすべて数値を尋ねる定量的な項目である。
続いて「B」では、アートプロジェクトを実施していく環境を取り上げている、地域に住む人たちの「アート」への意識についても、「アートリテラシー」という言葉を使って言及している。このカテゴリーの評価指標には、定性項目も含まれている。
最後の「C」は、アーティストの受け入れに関する項目を設けており、具体的な受け入れ体制や活動継続のための事業計画や対外的な発信についても尋ねている。評価指標では、定量的な項目を中心に、メンバーや地域住民がアートプロジェクトを「楽しめていますか」といった定性的な指標も含めている。
AIR 475を対象とした実際の調査では、以下の内容を実施した。
- 対象団体による評価シートの設問(評価指標)への回答(定量・定性項目)
- 現地調査
- 2024年8月2日(金):AIR475 2024展覧会「鎌田友介 あなたはもう思い出せない」鑑賞(会場:米子市美術館)
- 2024年8月11日(日):AIR475 2024展覧会「白川昌生 出雲神話はアートになる」鑑賞、「アーティスト・トーク」参加(会場:いずれも米子市美術館)
- 評価シートを基にした対象団体へのインタビュー
2024年8月15日(金):AIR475代表・来間直樹さんへのインタビュー(実施場所:米子市内)
AIR 475を対象とするレビューは、(1)の回答、および(2)と(3)を基にした本レポートをもって構成する。
米子の町とアーティスト・イン・レジデンス
今回のレビューにおいては共通の評価シートが重要な役割を果たしているが、先述したように対象団体固有の背景や状況にも目を向ける必要がある。そこで、「A」から「C」の各カテゴリーにおいて、AIR475独自の設問を設け、インタビューで回答を得た。
AIR475の使命(ミッション)
鳥取県内各地で独自の活動を行っている以上、鳥取藝住全体が掲げる使命だけでなく、各団体にはそれぞれが目指すものがあるのではないか。AIR475の場合、それは「国内外の第一線で活躍するアーティスト、キュレーターによる、サイト・スペシフィックな作品制作やプロジェクトの過程を通して、米子市を中心とした地域の資源(歴史、文化、風土)を発掘し活用する」(※要確認)ことであり、AIR475 2024展覧会のチラシにも明記されている。
端的に言えば、活動のベクトルが向く先は米子の町であり、そのことは来間さんへのインタビューでも強く伝わってきた。来間さんたちが関心を向ける「米子の町」とは、城下町として400年の歴史を有する米子市の中心市街を指し、人々の営みを残し続ける町として、そこには「変わらずに変わりたい」(来間さん)という思いがある。また、活動の背景として、その中心市街から活気が失われているということ、そして国などが主導してきた中心市街地活性化の施策が必ずしも奏功していないという課題意識がある。
以下は、評価シートの「A」に対応する形で、AIR475を対象に独自に設定した質問への回答である。
方法としてのアーティスト・イン・レジデンス - 目標を達成するために、アーティスト・イン・レジデンス以外の形態で行っている活動はあるか?
AIR475は、その名称(AIR=アーティスト・イン・レジデンス)にも示されているように、アーティスト・イン・レジデンスが活動の中心であり、それに付随するトークやまち歩きを除いて、アーティスト・イン・レジデンス以外のプログラムは行われていない。しかし、現在まで続く活動の形態は、助成金の求めに合わせた部分が大きく、AIR475が取り組むのはあくまでもアートプロジェクトであると来間さんは言う。
アートプロジェクトとは何かという議論は各方面で展開されていて、ここでその定義を試みることは難しい。あえて言えば、社会との関りを強く意識して行われる現代美術を中心とした芸術活動、となるだろうか。AIR475の場合、アーティストが米子の町とどのように関わるかという点が、アートプロジェクトとしては重要になる。来間さんが指摘する国などによる中心市街地活性化施策の限界、整備された建物を誰が何に使うのかという問題が残されるという点について、アーティストの存在や町を見る視点が、解決策につながると期待されている。そのためには、アーティストが時間をかけて町に滞在し、町と向き合うアーティスト・イン・レジデンスが適しているのだろう。今回の調査を通して、AIR475がアーティスト・イン・レジデンスに取り組み続けていることには一定の必然性があり、助成金獲得以上の理由があることがよくわかった。
建築家の視点 - その専門性(クリエイティビティ)は、どのように活かされているか?
AIR475の活動が始まった当初、その母体は米子建築塾という建築家の団体であった。2016年に団体としてのAIR 475が設立されて以降も、来間さんをはじめ、主要メンバーには建築家が多く関わっている。そのことは、アーティスト・イン・レジデンスを実施する上での場づくりや情報収集に役立っていると来間さんは答えている。また、アーティスト・イン・レジデンスを行う手前の問題設定、特に活動の舞台となる米子の町をどう捉え、分析するかという点では、建築家の専門性が間違いなく反映されている。
一方で、来間さんは、建築家がまちづくりに取り組むと「公共事業になってしまう」ということを何度か口にした。それは、先述の行政主導の施策の限界とも重なる点がある。建物の整備だけでなく、それをどのように活かすかということへの問題意識を持っていた来間さんは、AIR475が始まる前から、広島県尾道市を何回か訪れ、AIR Onomichiやそれと連携する尾道空き家再生プロジェクトの活動に触れている。米子でアーティスト・イン・レジデンスを行う際にも、その時の経験を参照したと言う。
AIR475の活動では、米子市公会堂や「岩倉フラット」、「わだや小路」まど、来間さんたち米子建築塾のメンバーがこれまで保存や活用に関わった施設や空き家がパブリックプログラムの会場などとして利用されている。一方で、使われなくなっていた眼鏡店「旧末次太陽堂」は、アーティストの制作、発表場所となったことで、新たにコミュニティ・スペース「野波屋」として再生されている。
AIR475によるアーティスト・イン・レジデンスの取り組みは、まちづくりの専門家である建築家が、自分たちとは異なる視点や能力を持つ存在を求めた結果ともいえるのかもしれない。
地域との接点としての作品発表
続いて、評価シートの「B」との関連で独自の項目を検討する。ここでは、主に地域との接点という視点から、AIR475が実施する作品発表について取り上げてみる。
わかりづらさ - AIR 475における「アート」とは?
今回の現地調査で参加した、招聘アーティストの白川昌生さんによるアーティスト・トークでは、ゲストとしてAIR475 2021・2022の招聘アーティストである岡田裕子さんが参加していた。同じく2021・2022の招聘アーティストである三田村光土里さんも、今年の別のパブリックプログラム(7月21日に開催された「Art&Breakfast」。筆者は参加していない)にも関わっており、AIR475がこれまで招聘したアーティストと良好な関係を築いていることがうかがえる。
このトークの中で、岡田さんは自身が登壇したトーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)でのシンポジウム※1について報告を行った。アーティスト・トークの約1週間前に東京で行われたというこのシンポジウムには、岡田さんだけでなく三田村さん、そしてAIR475のキュレーションにも関わる鳥取県立美術館の赤井あずみさんも登壇していて、AIR 475のことが話題になったという。岡田さん曰く、アーティスト・イン・レジデンスに取り組む人たちの間では、AIR475が広く認知されているそうだ。
一方で、アーティスト・トークの後半では、来間さんからアーティスト・イン・レジデンスというものが地域の人々になかなか理解されない、という発言があった。興味深かったのは、来間さんの投げかけを受けた岡田さん、白川さんが、アートがわかりづらい、理解されにくいという内容で話を展開させていったことである。アーティスト・イン・レジデンスのわかりづらさと、「アート」のわかりづらさは、同じことなのだろうか。
「アート」というカタカナ用語は、それ自体があやふやなものである印象をぬぐえない。美術を指すことが多いが、一方で芸術全般を含有する場合もある。美術や芸術が伴う敷居の高さを避けるために、あえて「アート」を使うといったケースもあるだろう。
AIR475の活動では、「アート」は明確に現代美術(現代アート)を指しており、来間さんは「自己の存在に関わる地域のこと、アイデンティティーを考えるツール」と回答している。来間さんは、自分たちはアートの専門家ではない、よくわからないと言うが、現代アートの代名詞とも言えるわかりづらさにこそ、AIR475が取り組む理由があるようだ。つまり、自分たちが持っていない、自分たちには理解できない考えや視点を持つアーティストを招聘することで、米子の町を違う角度から見ることできると考えているのである。来間さん自身、AIR475に携わる個人的な喜びを「この歳になって、知らないことを知れる」と表現している。
広く知ってもらうために-AIR475の活動における作品発表(展示)の位置づけは?
現代アートのわかりづらさが魅力として捉えられているのに対して、アーティスト・イン・レジデンスへの理解が広がらないということを、来間さんたちは実践上の課題として認識している。そもそも、レジデンス中、アーティストはリサーチの一環として個人から話を聞いたり、周辺の人たちからサポートを受けることはあっても、集合体としての「市民」と出会うことはない。また、直接アーティストと関わる機会がなければ、アーティスト・イン・レジデンスを理解することは難しい。
そこで、AIR475では、作品発表を行うことで、より多くの人に見てもらい、知ってもらうことが行われている。来間さんの言葉を借りれば、知ってもらうには「結果が必要」という考え方だ。わかりづらい現代アートの鑑賞機会を提供したり、身近に感じてもらうというよりも、AIR475の活動を広く認知してもらうことに重きが置かれていると言える。
ただ、アーティストの側から考えると、発表(展示)を行えるだけの作品をレジデンスの期間中に仕上げることは、負担も伴う。レジデンスの目的はあくまでもリサーチや創作準備ととらえ、成果を求めないレジデンス主催者も多い。実際、過去にAIR475が招聘したアーティストの中には、非常に苦労して作品発表にたどり着いた人もいたという。
そういった経験もあり、2021年以降は2年スパンで事業を考え、作品発表(展示)は2年目に行うことになっている。リサーチをしっかりやることで作品の質が担保され、アーティストもより米子での滞在を楽しめるようになっているという。
美術館との連携 - 作品展示を美術館で行うことの狙いや理由は?
2019年以降は、米子市美術館を会場に作品発表(展示)が行われることが多い。米子市との連携を模索する中から始まったということだが、市美術館との関係性は良いようだ。単に展示室を借りるだけでなく、市美術館の共催事業として美術館の学芸員や職員も積極的に関わっている様子は、現地調査でも垣間見えた。
また何よりも、多くの米子市民にとって美術に触れる場所は市美術館であり、活動を広く知ってもらうための作品発表の場を、さらに開いていくことができる。これまで、最も多くの来場者があったのは、隣の展示室でジュニア県展が開催されていた時で、約2,700人がAIR475の展示を訪れたという。そういった副次的な効果も期待できるわけだ。
一方で、美術館で展示を行うことは、アーティスト・イン・レジデンスをはじめとするアートプロジェクトの本質的な要素と相容れにくい部分もある。AIR475の活動を知らずに美術館を訪れる人たちは、そこで目にする展示をもってAIR475の活動を知り、判断するかもしれない。アートプロジェクトでは作品と同じくらい、場合によっては作品よりもプロセスが重要視されるが、最初に作品展示を見た人が、さかのぼってそのプロセスをたどることは、容易ではない。
また、サイトスペシフィックであるということも、アートプロジェクトの大きな要素であり、特に町とのつながりに重きを置くAIR475では大切な部分だが、美術館という場所は、たとえ同じ地域内にあったとしても、非常に中立的な空間であり、作品鑑賞だけに集中できるよう周囲から切り離されている。作品自体はサイトスペシフィックな環境で創作されていても、鑑賞体験は必ずしもそうならないかもしれないのだ。
※1/2024年8月3日に開催。そこで作品が生まれるとき ~AIRにおけるクリエイションの実践
「アート」に関わる専門人材の存在
最後に、評価シートの「C」で取り上げられている実施体制、運営体制について考察してみる。特に、専門性を必要とされるキュレーションに関わる人材や、運営を支えるスタッフの専従について考えてみる。
AIR475で求められるキュレーションのあり方 - 専門のキュレーターは必要か?
AIR475では、「暮らしとアートとコノサキ計画」に参加を始めた2013年から、何らかの形でアートに関わる専門家が関わってきている。特に、2014年からの4年間は、キュレーターの原万希子さんが招聘され、キュレーションの任にあたった。2018年以降は、赤井さんが関わっているが、予算の制約などもあり、完全なキュレーションを行うまでには至っていないようだ。2024年の実施体制で赤井さんは「ゲスト・コーディネーター」と表記されており、主にアーティストの選定を任されているという。
来間さん自身は、作品に関して口出しをすることは一切なく、自分がキュレーションを担うことはまったく考えていないという。そのうえで、「キュレーターは必要」と言い切り、その必要性を強調する。予算の制約がある中でも、可能な形を見つけて専門的なキュレーションを介入させようとしているようだ。開館目前の鳥取県立美術館に従事する赤井さんの現状での関りについても、「アーティストの選定がキュレーターの仕事の半分」といい、肯定的にとらえている。
来間さんは、作品発表は「おもしろい、おもしろくないが目的ではない」が、「批評性、公共性、今日性」が求められると言う。前項でも書いた通り、レジデンスの成果発表の場としての展覧会においても、AIR475固有の文脈を提示する必要があり、それは展覧会の準備段階から始めてできるものではない。アーティストの選定やレジデンス中のアーティストのコミュニケーションはもちろん、AIR475メンバーとの対話や米子という地域への理解も欠かせない。「米子でしかないもの」として実施されるAIR475におけるキュレーションは、作品性だけを追求する展覧会を企画するのとは異なる、非常に高度なスキルを求められるものだと言えるのではないか。
事業の継続を支える専従スタッフの必要性
現在、AIR475のメンバーは6名おり、全員がボランティアで活動している。中心になっているのは来間さんであり、個人の時間を割いて活動に充てているのが現状だ。始動から10年を超えても、自分はアートの専門家ではないと言うが、アーティストや作品を見る確かな目を持っていることは間違いなく、プロデューサー的な役割を担っていると言える。「暮らしとアートとコノサキ計画」から続く「鳥取藝住」の事業モデルでは、「地域の住民」がアーティストを外部から招くという前提になっているが、少なくともAIR475においては、「地域」の側に専従で運営にあたる人材が必要になっているのではないだろうか。来間さん自身も、今後専従化を支援するような仕組みを期待していると語っている。
芸術祭の実現に向けて
鳥取藝住実行委員会の評価シートの「A」では、「鳥取藝住」共通の「戦略目標」として、「【団体名】をきっかけとして、鳥取県にアーティストやクリエイティブな活動をする人を増やしていく」、「移住定住だけでなく、様々な地域や国のアーティストによる交流人口を高めていく」という二つの目標を掲げている。これらの、人の動きを促進できているかどうかを測る指標について来間さんに訪ねると、「ない」と即答された。(評価シート「A」の評価指標における設問「AIR475をきっかけに移住(IJUターン)したアーティストの数は?」に対しても、「なし」と回答。)ただ、その回答には興味深い背景があるように思う。
まず、本当にそういった人材が米子に移り住んでいないのか、AIR475の活動が交流人口の増加につながっていないのかは、また別の調査が必要だろう。AIR475をきっかけに具体的に移住・定住した人数がどうかはともかく、AIR475がそれまでになかった新しい機運醸成に貢献していることは、間違いないように思える。
続いて考えたいのが、AIR475は本当に「アーティストやクリエイティブな活動をしている人を増やしていく」ことを第一に目指しているのか、ということだ。もちろん、交流人口の増加も含め、そういった人たちが米子に来ることを、来間さんたちは歓迎するだろう。けれども、AIR475が何よりも求めているのは、空いてしまった中心市街の店舗や家に息を吹き込み、そこで情熱をもって何かの活動や商いを行い、町を次の世代に手渡していける人なのではないか。逆に言えば、AIR475がアーティストに期待していることは、米子に移り住むことよりも、豊かな発想力を町に持ち込み、刺激的な視点を与え続けていくことなのだろう。
こうしたアーティストが持つ外部性は、アーティスト本来の性質の一つに過ぎず、現代アートに市民が触れる機会を増やしていく「芸術振興」という目的に対しては、そこまで重要ではないかもしれない。しかし、AIR475の考えは明確であり、同時にアーティストを目的のための手段として扱うことはしていない。複数年にわたって同じアーティストを招聘し、限られた予算の中で米子の町に触れる十分な時間や環境を用意しているのは、AIR475の特徴だ。また、先述の通り、これまでに招聘したアーティストやキュレーターとの関係を継続させている。
一方で、人の動きは「ない」と即答した来間さんには、期待しているほどに活性化が進まないという思いも当然あるのだと想像する。米子の町が「変わらずに変わっていく」ためには、何らかの「投資」が必要だとも言う。それは、決して商業的な再開発などを行うということではなく、人を大きく動かすための仕掛け、それに伴ってお金も動く、ということだろう。
そして、その具体的な実現として考えられているのが、「加茂川芸術祭(仮称)」だ。すでに、AIR475 2018のプログラムとして、シンポジウム「2024年鳥取県立美術館のオープンにあわせて、米子で芸術祭をやりませんか!」が開催※2されている。コロナ禍を挟んで構想は進んでいなかったものの、いよいよ本格的に着手させようかと来間さんは考えており、評価シート「A」におけるAIR475独自の戦略目標として「現在の年単位のレジデンスプログラムの継続に加え、若いアーティストやキュレーター、研究者などを公募し、常時2、3人がレジデンスできる仕組みの構築。数年に一度の芸術祭開催。これらを通して関わる人材の育成や交流を広げていく」と回答している。
芸術祭の実施は、大きな夢の実現として語られることになるだろうが、筆者には、AIR475が一歩ずつ歩みを進めてきた結果として、必然性をもって行われるように感じる。AIR475の今後の活動を、同業者(ピア)として、引き続き応援し、見守っていきたいと思う。
※2/2019年2月26日に開催。AIR475 2018 シンポジウム 「2024年鳥取県立美術館のオープンにあわせて、米子で芸術祭をやりませんか!」
■参考
評価シート内のAIR 475独自の設問への回答など
<A>
AIR475独自の「戦略目標(インパクト)7~10年」
現在の年単位のレジデンスプログラムの継続に加え、若いアーティストやキュレーター、研究者などを公募し、常時2、3人がレジデンスできる仕組みの構築。数年に一度の芸術祭開催。これらを通して関わる人材の育成や交流を広げていく。
AIR475独自の「到達目標(アウトカム)短期:1~3年, 長期:4~6年
短期的にはレジデンスプログラムの継続。並行して芸術祭(小規模で良い)を企画立案し、数年後を目処に開催する。常時レジデンス可能な拠点、人的仕組みも構築。
設問:上記の目標を達成するために、アーティスト・イン・レジデンス以外の形態で行っている活動はありますか?
回答:レジデンスに付随した、パブリックプログラム
設問:AIR475は立ち上げ時の運営団体が米子建築塾であり、現在でも運営メンバーの多くが建築に関わっていると聞きます。その専門性(クリエイティビティ)は、どのように活かされていますか?
回答:場づくり、その情報収集など
<B>
AIR475独自の「戦略目標(インパクト)7~10年」
プロジェクトの継続。その実現のための資金計画とホスト側の人材確保と育成。
AIR475独自の「到達目標(アウトカム)短期:1~3年, 長期:4~6年
地域の魅力や課題について、ホスト側と参加するアーティストとで常に共有していく。AIR475のプロジェクト単独で課題解決するのではなく、行政、教育機関、コミュニティーなど様々な人々との協働によってそこに到達する。継続的な活動とアウトプット、またアーティストをはじめとする地域外からの人たちとの交流により、県民市民のアートリテラシーを高める。
設問:アートリテラシーの向上を図るにあたって、AIR475における「アート」は何を指していますか?
回答:自己の存在に関わる地域のこと、アイデンティティーを考えるツール。方法はあらゆるものになる。
設問:AIR475の活動(アーティスト・イン・レジデンス)において、作品発表(展示)はどのように位置づけられていますか?
回答:プロジェクトの到達点ではあるが、目的ではない。
設問:「アートプロジェクト」は、創作のプロセスに重きを置き、既存の芸術文化施設を離れて地域コミュニティの中に活動の基盤を置こうとするものと一般的に理解されますが、滞在作家の作品展示を美術館で行うことにどのような狙いや理由があるでしょうか?
回答:作品展示の場所については柔軟に考え、美術館での展示は必ずしもマストではない。行政との連携においては公立美術館で発表をすることは意味がある。またそれぞれの目的にも重なるものが多いと思う。
設問:滞在作家が制作した作品は、滞在終了後に巡演、再創作、寄贈などされていますか?(具体的に)その際、AIR475はどのようにクレジットされていますか?
回答:巡回についてはアーティストに任せているが、米子での展示に意味のあるものや、場所も含めたインスタレーション作品は難しいと考える。
2017のシンディー望月の作品は、前年、もう一つの舞台であるバンクーバーで展示している。2022の岡田裕子の作品の一部は、再展示されている。
AIR475のクレジットは作家と同様に入れていただいている。
<C>
AIR475独自の「戦略目標(インパクト)7~10年」
行政、文化施設、観光案内所などの地域団体、文化団体、米子高専や県立高校等との協働体制の構築。
AIR475独自の「到達目標(アウトカム)短期:1~3年, 長期:4~6年
これまでの招聘アーティストとの関係の継続。県立美術館や県外のアートプロジェクトとの関係構築。クラウドファウンディングなどの活用など。
設問:A及びBの目標が到達に向かう際、外部からアーティストを一定期間招くというモデルのプロジェクトを、継続すべきと考えますか?また、AIR475の使命を果たしていく上で、そのようなプロジェクトモデルの重要性は変わらないと考えますか?
回答:継続したいと考える。重要性は変わらないと考えるが、違うアプローチも考える余地はある。