〇〇不動産プロジェクト取材報告 ― 「アートスポット」掲載基準検討の手がかりとして
リサーチャー 谷口茉優(うかぶLLC)
2026.08.07
はじめに
本記事では、TPlat webサイト内における、鳥取県内の文化的・創造的活動の拠点を紹介するページ「アートスポット」の掲載基準の設定を目的に、既存の枠組みに収まらない実践に注目し取材を行った。本サイトは、情報の掲載にとどまらず、実際に現地を訪れ、関わるきっかけを生み出すことを目的としている。今回は、商業施設の中で展開される〇〇不動産プロジェクト(以下、〇〇不動産)の取り組みを取り上げる。
〇〇不動産は、倉吉市にあるショッピングセンター「パープルタウン」で活動を行うプロジェクトチームである。ショッピングセンターという商業施設を拠点とし、作家を招聘する企画から、マルシェやラジオといった一見アートとは距離のある取り組みまでが並列に存在している。この事例は、既存の「アートスポット」という枠組みの境界を揺さぶるものでもある。だからこそ、掲載基準を整理するにあたり、その輪郭を問い直す視点として、本取材を位置づけた。
2021年から始まったこのプロジェクトは、2026年の冬をもって活動の終わりを迎える。どのように始まり、どのような実践を行ってきたのかをたどる。
〇〇不動産プロジェクト インタビュイー:中村 有子さん(代表・5cinq)、蛇谷りえさん(ディレクター・うかぶLLC)
「〇〇不動産プロジェクト」発足の経緯
ープロジェクトの始まりは、当時のパープルタウンの社長から中村さんへ相談したのがきっかけだったとお聞きました。どのような流れで相談があったのでしょうか。
中村:この〇〇不動産が始まる何年も前から、パープルタウンの社長とはお仕事をしたことがあって、 そこから「パープルタウンを盛り上げていくのに力を貸してほしい」と声をかけてもらっていました。ただ、私がその当時サラリーマンだったので、別の会社のために力を注ぐということが、なかなか難しい状況でした。
いつかねって言っていた中で、社長のイメージが先に具体化したんです。
イメージは、大阪・中津の文化住宅があるエリアだと話していました。アートで現代にマッチした街並みにして、そこにめがけてお客さんが来る。そんな風なことを、パープルタウンの一角でやってみたいんだっていう感じだったんですよ。
ー社長は、初めからアートプロジェクトをやりたいという考えだったんでしょうか。
中村:社長はもともと「アート」という言葉を使う人ではないのだけど、見せてもらった写真が、「これはアーティストが関わっていると思うよ」と伝えると、「アートってそういうことなんだね」みたいなリアクションでしたね。
社長の描いているイメージを実現できそうな人っているのかなと考えたところで、蛇谷さんがいいんじゃないかと思い、お引き合わせをしたというのが初めですね。
ー中村さんからお話を聞いた時はどう思いましたか。
蛇谷:「え、何それ面白そう」と思いました。
ー特にどのようなところに面白みを感じたんでしょうか。
蛇谷:当時私は、パープルタウンはあじそう(パープルタウンに併設しているスーパー)に行く程度でした。
だから、そういう自分の知らない世界っていうか、足を踏み入れたことがない場所に関われると、どういう世界が広がっていくんだろうという面白さがありました。あと当時、うかぶLLC1としても、倉吉駅前エリアの人たちと何かプロジェクトをするということはやったことがなくて新鮮でした。
ただ、コロナ中だったし、自分もみんなもこれからどうなっていくかマジでわからへん、っていう時に話がきたから、「経済的な活動に直接つながると期待されても、貢献はできません」っていうのは事前にはっきり言いました。
1.うかぶLLC:鳥取県で、ゲストハウス、カフェ機能のある滞在スペース 「たみ」、パブ、ホステル機能のある滞在スペース「Y Pub&Hostel」を運営するほか、大学やアートプロジェクトの企画およびコーディネート、マネジメント業務、新規プロジェクトや商品開発のプロモーション企画の立案および制作、その他、文化事業のコンサルティングや講演などを行う。https://ukabullc.com/
パープルタウンが抱える時間
ー社長はなぜプロジェクトをやろうと思ったんでしょうか。
中村:社長の親世代が作ったパープルタウンは、当時倉吉で唯一のショッピングセンターでした。 アイドルが来てショーをしたり、毎月ラジオの生放送をしたりして、すごく盛り上がっていました。けれども、その子ども世代(社長の世代)が大きくなった頃には、イオンができてしまっていました。パープルタウンに子どもを連れて行って遊ぶというより、イオンに出てしまう。この世代が離れていくということは、次の世代はもっと離れていく。10年、 20年先にお客さんが来なくなってしまうという危機感を持っていたようです。だから、先々までのお客さんを囲い込みたい、ファンを絶やさずにおきたいっていうのが、パープルタウンの強い思いだったんですよね。 それにはやっぱり今の世代が行ってみようってなる仕掛けをしなきゃ来ないわけで。〇〇不動産には、その仕掛け人になってもらったという感じです。
交わらないという距離感
ーパープルタウンと〇〇不動産の距離感が興味深いなと思います。お話を聞いていると、パープルタウンの運営陣は基本的に見守る姿勢なのかなと想像できるのですが、実際はいかがですか。
蛇谷:5年間一緒にプロジェクトをやると、やっぱり二人三脚感は出てきます。とはいえ、ぶつかる時もありました。 そういうときは、対立関係を取っている場合じゃないので、ここまでやろうという目標を決めるようにしていました。パープルタウン側も、企画に対してリスペクトを持った上で、現実的な部分をちゃんとコメントしてくれます。そうやって一個のアイデアをみんなで、ああでもない、こうでもないって言いながら立ち上げていくのが、このプロジェクトのスタイルです。企画ごとで、どの方向にいくのかは結構大事にしています。
初めはテナントさんも、一緒の方向を向けたらいいなと思っていました。3年目まではテナント会議に出て、ドキドキしながら説明をしたりもしました。 始める前から伝わることも少ないので、「やらないとわかんないですよね」と言いながら何とか進めていました。
それでも〇〇AIRというアーティスト・イン・レジデンスプログラムでは、アーティストがハチャメチャなことを言ってくれるから、それでまた混乱したりして。それが面白いと思っています。 私たちプロジェクト側は同じ目線を向くようにしていますが、作家は作家の観点で提案してほしいと思っているので。
社長はこういう時に、「何やるかわからんかったら僕はイエスって言います。何やるかわかるんだったらそれは僕も茶々入れます。」とよく言ってくれていて、この状況を面白がってくれていたと感じます。
人はどうあつまるのか
ー〇〇不動産は今年で5年目になりますが、活動していく上で見えてきたものはありましたか?
蛇谷:初めの3年は、パープルタウンに込められた営みや記憶など、倉吉の人たちが持ってる価値観や文化のような見えないものを、いろんな企画で見つけていきました。
あの手この手でやってみて、この企画はこういう反応で、あの企画はこうなんだとか。 あとは場所でも、中央広場、屋上、駐車場でやった場合の反応の違いなど、一通り試したことで多くの発見がありました。あと、中村さんがテナント側にいた時期があったので、同じ建物の中でも関わる立場でも文化圏が微妙に違っていることもわかりました。
自分は移住者でパープルタウンに対して思い出のフィルターを持っていないので、「ここでやったらどうなるかな」って気持ちでいろんな企画をすることができました。作家が来ることで、カラオケみたいなポップなことや、記憶を掘り出す企画もできたし、やってみたいと思いつく全てのプログラムをやれたって感じがします。
ー2025年秋には、〇〇 PARKING PARKが開催されました。中央広場をメイン会場にした、誰もが好きなように過ごせる1日限りの公園をつくる企画ということで、参加者からはどのようなリアクションがあったのでしょうか。
蛇谷:もともとは屋外で行う一日限りの非日常な企画ですが、天候により屋内で開催したものの、ごく自然に公園として溶け込んでいる印象を感じました。それは、普段からパープルタウンを公園として使っている人たちがいて、「俺たちはもともと公園だと思ってたし」みたいな、企画と日常の馴染みがすごかった。そこにすごいグッときましたね。
2021年春から2025年冬へ
ー〇〇不動産を始めた1年目は、コロナ禍の初期だったと思います。1年目の頃と現在とでは企画内容に変化はありますか。
蛇谷:どこにも行くことができなくなったコロナ禍では、せめて近所のパープルタウンで毎月何かやっているという状況をつくりました。 コロナ禍の拠り所みたいな企画をやっていたと思います。例えば、毎月第二日曜にパープルタウン内の空きスペースを使って、パータン〇〇市という何でもありの公募制の市場を開催していました。この企画は、小商い的にもパープルタウンで市場をやっているんだったら、出してみようかなと言って参加してくれる人が多かったと思います。そこからコロナが落ち着くと、マルシェが各地でいっぱい開かれるようになり、よりスペシャルなものにお金や時間を使いたいという需要に変わっていきました。日常的な「誰でも公募で参加できる」という〇〇市の規模感のものは優先順位が低くなっていったように感じます。
さらに5年目となる2025年の春に県立美術館ができてからは、観光客がバスに乗って県立美術館に行って帰るみたいな、そういう素通り感が地域の一つの課題でした。もうちょっとパープルタウンも含めて倉吉駅周辺を、エリアで見せられるようにいろいろ考え始めました。2
2.2025年秋には、イラストレーターの山本ひかるさんを招聘し「くらよしクエスト 倉吉駅前探索マップ」が制作された。
アートという言葉の強度
ー〇〇不動産は、カラオケ大会やマルシェ、ラジオなどターゲットの間口が比較的広い企画を行う一方で、アーティスト・イン・レジデンスの企画(〇〇AIR)がありますよね。鳥取において「アート」という言葉を使うことで、他の企画とどのような反応の違いを感じていますか。
中村:社長は、「〇〇AIRに来る人はアートに興味がある人だから、パープルタウンのどこでやっても来る」っていう言い方をよくしましたね。
行きづらい二階でやってもアートに興味がある人は来る。でもみんなが通る広場でやるんだったら、アートがわからないっていう人も入れるようにしないと、広場でやる意味はないよね、とか。広場の真ん中で、意味がわからないことをされてたら不快に思う人もいるだろうし、内輪感にもつながる。 真ん中でみんなが見えるところでやるんだったら、この状況は一体何なのかをちゃんと宣伝しないといけないよね、とか。やっぱりパープルタウンのどこでやるかで公共性が全然違ってきますからね。そういうことをよく言われていると思います。
私も、〇〇AIRに興味を持って来る人は、ちょっとニッチでコアな人が来るという印象ですね。でもそれが面白いと私は思っていて、そういうことをやる「パープルタウン」を面白がってくれたらいいなと思っています。
蛇谷:そうですよね。だからみんな会議でも悩みはするけれど止めることはしませんよね。
鳥取で、倉吉で、ショッピングセンターでやる
ーお話を聞いている中で、パープルタウンに元々あった人の気配、通りの流れ、立ち止まる余白、そうした場所の要素を拾い上げながらプロジェクトを考えてきたのかなと感じました。鳥取のショッピングセンターでプロジェクトを行うことに、どのような面白さを感じていますか。
蛇谷:鳥取でプロジェクトをやることは、外からなにかを持ってくるんじゃなくて、ここにいる人たちと新しく何か作るという感覚が強いです。
最新の何かが見れることはショッピングモールがやらなくてもいいんじゃないかと思います。 過去には、キョンキョンを呼んだとか、そういうマスメディア的な役割があったのかもしれないけど。今はみんなが同じテレビを見てるわけじゃないし、みんなが同じスターを追っかけているわけじゃない世の中だから、ここでしか見れない風景を立ち上げることが我々ができることなのかな、と思っています。
県立美術館が、世界中の作品が鑑賞できたり、予算が大きいかったりして、私たちの知らない外の世界を見せてもらえる場所だとしたら、パープルタウンの強みは、美術に興味がある人、ない人、いろんな人たちが交差点になっている状況だからこそ生まれるものなのかもしれません。
結び
〇〇不動産は、ラジオ、トーク、マルシェ、市場、アーティスト・イン・レジデンスなど、分野にとらわれない多様な手法で企画を行ってきた。これらの試みは、「ショッピングセンターでイベントを開催した」という枠には収まりきらない。そう考え、今回の取材を行った。
5年間の活動で見えてきたのは、通りのよい場所、立ち止まりやすい導線、偶然の出会いといった、ショッピングモール特有の人の流れである。企画を重ねるなかで、リサーチとフィードバックを繰り返しながら、そうした特性を少しづつ捉えていった。そしてパープルタウンという場所に行き交う人々の価値観や文化を見つめてきた。ショッピングセンターという生活圏にある空間が、そこに暮らす人々の価値観や文化を際立たせ、ときに揺さぶられる場所として機能していたのである。
ここで特徴的なのは、マルシェやアーティスト・イン・レジデンス、ラジオ、トーク、さらにはカラオケ大会といった出来事が、並列に存在している。
一般的に「アートスポット」と呼ばれる場について、アーティスト・イン・レジデンスのような制度的な枠組みが中心にあり、その他の活動はそこから派生している、というイメージを持っていた。しかし〇〇不動産が行ってきた活動では、そうしたヒエラルキーは見られない。すべての出来事が同じ地平に置かれている。〇〇不動産を取材することで、アートの境界をぼかし、制度に依存しない実践のあり方を検討する機会となった。