持続可能なアート活動のために -鳥取の個人的な芸術と労働についての話を収集する
プログラム・コーディネーター 岡田有美子
2025.01.14

はじめに
「鳥取クリエイティブ・プラットフォーム構築事業」では2022年度、鳥取県内各地でアーティスト・イン・レジデンスを中心としたアートプロジェクトを企画・実践してきた団体の皆さんへのインタビュー、プラットフォーム構築のための作戦会議などを行ってきました。
これまでのインタビューでは主に団体の代表者にお話をうかがってきましたが、中でも特に課題として挙げられていたのが「人材不足」であり、現場は常に人が足りておらず、持続可能なプロジェクトの運営には多くのひとの協力が不可欠であることを再認識しました。ただ、ボランティアも含めて多様な関わり方をする個人が参加するプロジェクトの現場では、社会保険や労働に関する契約が結ばれていないことが多く、搾取やハラスメントのおきやすい構造であることは近年、多くの調査で指摘され問題とされてきました1。そのことで現場を離れざるを得ない人も多くいます。
しかしながら、芸術創造の現場ではその行為を単に「労働」と捉え、安定した雇用を目指すことが必ずしも良い結果を生むとは限りません。各々が芸術を必要とする動機や欲求を原動力に自ら主体的に学び、技術を習得していくといった自発的で自由度の高い場を担保することは芸術創造にとって重要であり、公的資金が投入されて安定的な「労働」が用意された瞬間に主体性や目的を失うこともあります。しかし、そのことをもって「やりがい搾取」と言われる構造をそのまま放置することが肯定されるべきではありません。情熱と才能を持った人物の導く「芸術」や「まちづくり」のために、周囲が「ケア」労働に振り回され、時間もお金も浪費するような状況を放置してもそれが「アート」だから、で免罪される時代は終わったのです。アップデートが必要です。
そうはいっても、どんな地域・事例にも当てはまる万能な解決策はありません。現場ではそのような悩みはつきものですが、それぞれの体験や不安を共有し、より良いあり方について、議論を続けることで誰もが安心して参加できる場を目指すこと、何かあった時に連携できる体制を準備しておくことは重要です。
社会学者の吉澤弥生は「芸術の社会化が急速に進む中、その実態と機能に見合った制作や事業を設計するところからやり直す必要がある」「人権侵害を個人の「忍耐」や「泣き寝入り」にすり替え隠蔽するような構造を直視し、改善に向けて取り組まない限り、アートマネージメントという仕事が持続可能な職業として成り立つことはない」2とアートを取り巻く現状に厳しい言葉を投げかけています。
2012年に始まった「アートと暮らしとコノサキ計画」から「鳥取藝住祭」を経て『+〇++〇』(トット)へと繋がる活動は10年を超え、その間に鳥取地域で活動する顔ぶれも多彩になっています。2025年には倉吉に県立美術館も開館するこのタイミングで、あらためて持続可能なアートと暮らしとコノサキを考えるために、団体の中心人物だけでなく、その周りで支える人、アートマネージャー、コーディネーター、広報、ボランティア、アーティスト、インストーラー、観客など様々な方にそれぞれが個人的に経験したことをお聞きし、あらためて「個人的なことは政治的なこと」というスローガンを胸に、現実を直視することから始めたいと思います。
※1/ 以下に主な資料をあげる。
・NPO法人アートNPOリンク発行の『アートNPOデータバンク』
(2006-2019までは以下のページで確認できる。 https://arts-npo.org/databank)
・吉澤弥生『若い芸術家たちの労働』科学研究費補助金報告書(2011)、『続・若い芸術家たちの労働』大阪大学COEプログラム調査報告書(2012)、『続々・若い芸術家たちの労働』科学研究費補助金報告書(2014)
・art for all https://artforall-jp.org/about/
・表現の現場 ハラスメント白書2021 https://www.hyogen-genba.com/qsrsummary
・猪谷千香『ギャラリーストーカー-美術業界を蝕む女性差別と性被害』中央公論新社、2023年。
※2/ 吉澤弥生「アートマネジメントと、非物質的労働の価値」『芸術と労働』水声社、2018年。
1 プロジェクトの実施概要
① 非公開での聞き取り(2023年7月〜2024年9月)計11名
約1ヶ月に1名のペースで、鳥取でアートプロジェクトや文化施設の運営に関わる人に聞き取りを行った。実際に現場でどのような問題に直面しているのか、現状を把握し、必要な支援や改善策について考えるための基礎的な資料を収集する目的で行った。
聞き手|岡田有美子、水田美世
② 公開での聞き取り(2023年9月2日)1名
「持続可能なアート活動のために-鳥取の個人的な芸術と労働についての話を収集する-美術家・岡田裕子編」
日時|2023年9月1日(金)19:00-21:00
場所|HARI(鳥取県米子市法勝寺町65)
参加費|無料
参加人数|21名
ゲスト|岡田裕子(美術家)
聞き手|岡田有美子
託児人数|7名(未就学児、小学生)NPO法人保育サポータークローバーキッズ
③ 「エクアドルのアーティストに学ぶ南米のフェミニズム・アート・アクティビズム」
2023年11月17日(金)〜19日(日)アーティスト3名来鳥
ゲスト|岩間香純、ディアナ・ガルデネイラ、アンドレア・サンブラノ=ロハス
【イベント概要】
トークイベント 2023.11.18(土) 10時30分~12時
場所|たみ (689-0712 鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺340−1)
参加者|12名 参加無料 使用言語:日本語
託児|未就学児1名 (託児ボランティアあいあいに依頼)
原点であり、最前線での活動を体感する時間 「エクアドルのアーティストに学ぶ、南米のフェミニズム・アート・アクティビズム」レポート
ワークショップ 2023.11.19(日) 14時〜17時
場所|ちいさいおうち (683-0001 鳥取県米子市皆生温泉2丁目9−36)
参加条件|18歳以上の女性、ディシデンシアの方(家父長制の強いるジェンダーやセクシュアリティに反抗するジェンダーアイデンティティーの人)
参加者|10名 参加無料 使用言語:日本語
託児人数|2名 未就学児(NPO法人保育サポータークローバーキッズへ依頼)
2 非公開の聞き取りについて
調査方法については、以下の通りである。
聞き取り方法|調査対象者1名に対し、調査者1名ないしは2名でインタビューを行う。
要した時間|1時間半から2時間程度。
実施した場所|調査対象者の普段いる場所、もしくは近くの指定場所。
調査委対象者の選定|鳥取県内でアートプロジェクトやそれに準じるプログラムを行う個人や団体を中心に、プロジェクトや団体の代表者ではなく、マネージメントやコーディネートに携わる人やボランティア、アーティストなど、様々な形でプロジェクトへコミットしている人に声をかけた。インタビューした方に次に誰に聞いたら良いかをお聞きして提案を受けたこともあった。また、聞いているうちに「あの人が苦労しているらしい」であるとか「話を聞いた方が良い」と紹介されたこともあり、インタビューを進めながら、依頼をしていった。そうした過程で、団体の代表者ではあるが、悩みがあるという話もうかがい、結果的には代表者や文化施設管理者等も含めた多様な立場の方へのインタビューを行った。
調査対象者の性別|女性9名、男性2名。
調査対象者の職業|個人事業主7名、正規職2名、非正規職2名
【質問項目】
以下の10の質問を中心に、これまでの来歴も含め聞き取りを行った。
1 普段の仕事
2 現在行っているアート活動について、参加するようになったきっかけと活動期間
3 組織の中での役割
4 どの程度その活動に時間を割いているのか 週/月/年
5 その活動の報酬と考えているもの
6 活動に関して社会保険やボランティア保険などに加入しているか
7 一番印象に残っている出来事
8 活動を続けるモチベーション
9 活動中ハラスメントだと感じる場面に遭遇したり、聞いたりしたことはあるか
10 今後やりたいこと こんなシステムがあると助かるということがあれば
3 聞き取りの結果について
2024年度内に調査報告書としてまとめる予定。
この調査の難しさの要因として、鳥取という地域でのアートを取り巻くコミュニティの小ささ、があげられる。聞き取りをする上で調査対象者の安全とプライバシーが守られなければならないが、重要でシェアしたい事柄であっても個人の特定につながるようなことばかりで公開には慎重にならざるを得ない。専門家に相談の上で、慎重に精査しつつ公益性のある情報を公開していく予定。
4 ラップワークショップ
エクアドルのアーティストから学んだことを生かし、ワークショップを行った。ディアナ・ガルデネイラ氏は40歳をすぎ、パンクバンドを始めたと語っており、詩に「トラブル」を落とし込みつつ、拡散させていく音楽の可能性についても語っていた。
ヒアリングを重ねる中で、特に女性たちが社会で思うように動くことができず、様々な抑圧を抱え、孤立し、語るべきことを内に抱えていることが浮き彫りになってきたことから、女性の皆さんに集まってもらい、暮らしの中で発生しているさまざまな「労働」について感じていることをみんなで話す機会としてラップのワークショップを企画した。
「フィメール・ラップ」の歴史についてのレクチャーを聞いたり、韻を踏む練習をしたりしながら、参加者同士で仕事や家事・育児への思いをシェアして歌詞にまとめ、最終的に思いをビートに乗せてラップを発表した。
【実施概要】
「持続可能なアートと暮らしのためのラップ 鳥取からフィメール・ラップについて考える」
日時|2024年10月29日(火)13:00-15:30
場所|ちいさいおうち(鳥取県米子市皆生温泉2丁目9-36)※駐車場あり
参加費|2,000円(お茶・お菓子付き)
対象|女性限定
ファシリテータ―|岡田 有美子
「持続可能なアートと暮らしのためのラップ 鳥取からフィメール・ラップについて考える②」
日時|2024年12月12日(木)
第一部 10:00-12:30
第二部 13:30-15:00
場所|たみ(鳥取県東伯郡湯梨浜町中興寺340-1)
参加費|第一部 2,000円 / 第二部 1,000円(第一部から続けて参加の方は500円)
※各部とも、お茶・お菓子付き
対象|女性限定
ファシリテータ―|岡田 有美子、水田美世
発声指導|濱井 丈栄 (フリーアナウンサー)
今後はサークル活動として継続予定。